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構造改革主義者は本当に市場を信用しているのか?

 
 TwitterのTLを見ていると「こんな考えもあったのか」と驚かされる事がよくあるが、自分自身の発言に関しても、後にリツィートされると「こんな事考えていたのか」とびっくりしてしまうことがある。

 それは、構造改革主義者は、野口悠紀雄氏や池田信夫氏のように、「コテコテの市場信奉者」と思われているが、「実は方便ではないか」という疑問が出てきたのである。自分のつぶやきを引用してみると、
 本来、人の予想通りに動くことができるなら、市場経済は資源の無駄遣いや失業などが発生するので、計画経済よりも非効率なはずだ。だが、そうではない。なのに試行錯誤でやることを否定したら、市場経済の利点を放棄しているように思うのは、私だけなのだろうか?(2010/10/26 19:22:17)

 構造改革主義者は、「他人はリスクを取って行動しろ」とか言っておいて、リフレの主張に対して「こんなのできないとか」人がリスクを取ろうとする行動に足を引っ張ってばかりいる。実は自分だけが良ければ何でもいいという、ご都合主義。(2010/10/25 06:16:33)

 そもそも「市場をもっと活用せよ」と言いながら、インフレターゲットなどの経済政策の試行錯誤を認めない反デフレ派は自己矛盾している。いつも書く事ながら、構造改革主義者・反デフレ派は自分の都合のいいことしか言わない。(2010/10/26 19:44:14)
 反リフレ派や構造改革主義の主張がご都合主義だったり、事実誤認や矛盾だらけなのはいまさら言うまでもない(爆)。だが、これらの発言を考えてみると「構造改革主義は本当に市場を信用しているのだろうか?市場の信頼という発言は、世間受けが良く格好いいことを言うための方便ではないのか?」と思ってしまう。むしろ、岩田規久男教授の『「不安」を「希望」に変える経済学 』を読むと、下手な構造改革主義者よりも「市場というものを信用しているな」と痛感させられる。

 あと不思議なのは、構造改革主義者は、日銀寄りな発言ばかりなことである。本当に「市場にすべて任せればうまく行く」という市場原理主義者なら、金本位制・通貨統合等固定相場制を復活させ、政府と中央銀行から金融政策の権限を剥奪することを主張しなければ筋が通らない。構造改革主義者にとっては、「日銀は敵の敵だから味方」という感覚だろうが「日銀が成長産業の支援業務を行うことを反対しなければならない」と考えている。明らかに広義の政府機関たる日銀のせいで、市場の競争が歪められているからだ。

 このように考えると構造改革主義者の主張は一体何なのだろうか?日銀のように「日銀の責任はない」という組織防衛目的なのか、あるいは自ら発言したトンデモ論の内容を撤回できずにうまく逃げ回ろうと努力しているのだろうか・・・。

  結局のところ、そんな程度の理由しか思いつかないのであった。
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百おやじ

Author:百おやじ
 男性 仕事はあまりできないが多少の資格はある。
 経済・自作PC関連・メイド喫茶等に興味を持ち、趣味で日本大学通信教育部経済学部を卒業したかなりの変わり者。

 
 
 
 
 
 
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