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『週間 東洋経済』 特集「経済学ってこんなにおもしろい」を読む(2)

 
  『週間 東洋経済』12月15日号 特集「経済学ってこんなにおもしろい」の記事を読んでみてちょと疑問に思ったのが、池田信夫上武大学大学院教授執筆のエピローグ「経済学は「主観的科学」という原点に帰れ」(P70~71)です。

 第1の疑問は効用価値説の客観化?という点。
 効用価値説が「効用の主体的価値によって価格が決まる」(P70)と言う一方で、「ワルラスは、需要と供給の均衡する連立方程式体系として考えた。ここでは個人の心理は、需要として集計される数値にすぎない。そして、こうした客観主義的な理論が20世紀の経済学の主流になった。」(同頁)というのがいまいち理解できなかった。「効用を数式化しないと主観的で、数式化できると仮定するとなぜ客観的となり批判的なことを書くのか」この点をもう少し詳しい説明が欲しかった。確かにワルラス個人は土地の公有化を主張していたが、池田先生が名前を挙げたハイエクをはじめほとんどの新古典派経済学者は社会主義化を賛成していたとは思えない。そもそもワルラスが土地公有化を主張していたこと自体、あまり知られていない。ワルラス個人の経済思想の間違いを後世の新古典派の経済学者が継承していないのにかかわらず、新古典派全体がワルラスと同じ考えを持つように書くのは、誤解を与えかねない書き方だろう。
 数式化の点は、粗雑であることを認めても、現実を一部切り取って数字をして判断することは非常に役立つ。現実は様々あってその一部を数字にしたらダメだといったら、GDPも公表できないし、財務諸表が企業の実態価値(貨幣評価のできないものは財務諸表に載せられない)をすべて表現できる訳じゃない。効用を数式化できると仮定しなければ、まだまだ不完全であっても、ここまで経済学という学問は進歩しなかったと私は思っている。

 第2の疑問はマクロ経済学に関するもの。
 80年代は、池田先生の言うように「新しい古典派」が主流になっていたが、90年代になるとケインズの復活していった。私はこのことをクルーグマンの『経済政策を売り歩く人々』で知った。池田先生の嫌いなリフレ派は主観的な「期待」を非常に重視している。リフレ派の提唱する政策は、人々のデフレ期待を変えようと行うものです。池田先生のように実現不可能と考えるかとか好き嫌いは別にして、「現在のマクロ経済理論において主観的な期待の役割が重視している」ことを指摘すべだと思いました。

 先生の思想や専門をあまり知らない人間が失礼を申し上げると、私は池田先生を情報関連の産業分析が専門で、経済理論の専門家じゃないと思います。どうして東洋経済さんは、専門と考えにくい池田先生にエピローグという大切なパートの執筆を依頼したのでしょうか。ちょっと分かりません。
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百おやじ

Author:百おやじ
 男性 仕事はあまりできないが多少の資格はある。
 経済・自作PC関連・メイド喫茶等に興味を持ち、趣味で日本大学通信教育部経済学部を卒業したかなりの変わり者。

 
 
 
 
 
 
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