資格と大学に関する雑文

 
 昨日の続きみたい内容です。

 資格予備校と大学とは、「似ているようで、似ていない」という微妙な関係だと考えています。

 資格予備校は、学校よりも自己責任が重視されます。予備校側は、適切な教材と講習内容さえ実施できれば、実際に資格に合格するかは受験生の自己責任になります。まあ、合格率が上がればそれに超したことはないのですが。私は「難関資格でも、予備校の用意したものをすべて理解しこなせれば合格できる可能性が非常に高まる」と考えています。ただし難関資格は、その内容を理解しこなすのが至難の業で、多くの人が挫折するのでしょう。私は、難関資格に受ける能力がないと自覚しているので挑戦などしませんが(笑)。自分が合格できそうな内容か判断するのも自己責任になるでしょう。資格合格後に食えるか食えないかも含めてです。

 対してば大学は、曖昧で自己責任の適用が難しい。大学卒業は、就職や進学の前提条件のようなもので、学位の取得など重視されません。下手すると、卒業して得た学位を間違えて憶えているとか、学位を取得したこと自体気づいていない方もいるかもしれません。まあ、明治時代ならともかく、現在学士など多くの人が持っていますから・・・。学位が重視されるのって、修士号以上になるのでしょうか?
 通常の大学卒業の目的は、よりよい会社への就職でしょう。就職できるかどうかは、学生自身の能力よりも、その時の景気動向に大きく影響されます。資格は原則一定の点数を取れば定員がないので問題はありませんが、就職できる椅子は限られ、その椅子の数が景気によって増減するのです。このように考えると、まだ本格的に社会に出ていない学生に、景気に関する自己責任を問うのは間違っています。

 いつもの如く思いつくまま書きましたが、こんなところでしょうね。

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資格に関する雑文

 
 昨日、資格関連の話でTwitterで盛り上がったので、備忘録+その補足して書きます。

 (ワーキングプアの歯科医師が出ているように)食える食えないは、資格取得検討には重要な点ですね。それでも、自分の業界に関連する就業制限のある資格は取得しないといけない。いくら実務経験であり、実際の仕事ができても、公的書類などは無資格者は素人同様か名前が出せない。情報の非対称性があるので、資格制度を否定できませんが。URL

 これが資格に関する実情です。実務経験がしっかりしている人が、必要な資格を取得して活躍してくればいいですけどね。実務はやるけど、資格取得を面倒くさがる人は私の属する業界には多い。落ちると恥ずかしくて受験するのをためらったり、忙しくて資格の勉強できないという事情もありますが。

 需要が減れば有資格者が余り、資格の価値は確実に低下します。資格取得者が死亡やリタイヤよりも多ければ、資格取得者は、増えていく。資格取得者の希少性が下がるから、資格の価値は自然に下がります。資格取得者にはうれしい話ではないだけど、悲しい現実ですね。URL

 補足すると、先程のつぶやきは3つの部分に分けられると考えます。
 最初は、資格取得者が従事する産業の景気循環の部分です。建築技術者の場合、景気が良く建物が多く建ち人手不足になれば、自然と資格取得者の価値は上がります。逆に景気が悪化し、建物が建たなくなると、技術者が余るので、資格の価値が下がる訳です。
 次は、資格取得者が従事する産業の構造的な部分です。ワーキングプアの歯科医師の例を出したのに、人口に比較して歯科医師が多い状況だと、景気が回復してもどうにもなりません。特に高齢化して総入れ歯の人が増えたり、人口自体が減ってしまうなどの理由があります。
 最後は、個別の資格の話でなく、資格全体の話です。「資格取得者が死亡やリタイヤよりも多ければ、資格取得者は、増えていく。資格取得者の希少性が下がるから、資格の価値は自然に下がります」という話に補足は必要ないでしょう。

 ただし注意することがあります。

 ペーパードライバーの話にあるように、有資格者=仕事ができる、という訳にはいかないので、(資格を取得しても)必ずしも実際の生産性向上につながるとは考えられません。URL

 資格というものは、資格受験時に一定の技能があった(という建前)という証明するものなので、仕方ないですね。私も実務で使ってない、資格用の知識は、受験終了後すぐに忘れてしまいます(笑)。

 
 
 
 
 
 

TBSドラマ「おじいちゃんは25歳」を楽しく視聴し終える

 
 深夜に放送していた、TBSドラマ「おじいちゃんは25歳」が先週木曜日に終了した。軽く設定を書くと、25歳の江戸っ子大工が雪山で冷凍保存され、今年になって解凍されて復活(するのかよ)したら、息子が52歳、孫が25歳・22歳になっておりその家族と同居するという、トンデモない設定のホームコメディドラマです。

 視聴してて確かに面白かった。中心は、藤原竜也の江戸っ子演技や高橋克美の情けない父親のやりとりですね。菊池桃子が演じるスペイン帰りの嫁が、25歳の姿の男性を舅と認識できず(死んでいると思っているし当たり前だ)、「お父さん」を「後藤さん」と勘違いして行うやりとりは、最高でした。
 朝ドラファンとすると、倉科カナのギャル姿のツンデレ演技や大東俊介の引きこもり(実はディトレーダーで大金持ちだったというオチ)も新鮮でした。

 あと、キャノンがスポンサーということもあり、ドラマはすべて同社のデジタル一眼レフカメラで撮影されてたとのこと。おじいちゃんが技術革新に追いつけないとおもったら、若いのか、デジタル一眼レフを使いこなしたり、プリンターでプリントできるのが笑えます。
 物語中に、キャストによるキャノンのCMがいきなり始まる(区切りはありますが)など、深夜番組ならではの演出も楽しめました。

 ゴールデン枠でも、こういった面白いネタのドラマがあればいいのですよね。 

 
 
 
 
 
 

プリンターの互換インク

 
 最近またプリンターの互換性インクカートリッチを使っている。以前はコストが安い理由で使っていたが、急にインクがなくなって印刷物が変な色になったり、色が出ないと何度もヘットクリーニングをしないといけない、インク終了したとして交換するとインクが残っていて周囲が汚れる、といった欠点があったので、使用をやめていた。

 ところが、純正品よりも、インク容量が増えたという不思議なインクカートリッチが出たので使っている。確かに純正品よりも長持ちしているのだ。こういった互換性インクメーカーは複数あるので、こういった本来にない機能を持たせた互換性メーカーの技術力には脱帽する。

 ただインクが終了したとして、交換すると残っており、手が汚れるという欠点がまだ残っているのが残念だ。「途中でなくなると、まずいから余計インクをいれてしまえ」というメーカーの気持ちは理解できるのですが・・・。自分の手以外を汚すと厄介なんです。それになかなかインクが落ちないので、買い物何かして手を見せる場面があると、ちょっと恥ずかしい・・・(笑)。

 
 
 
 
 
 

法務大臣辞任に関する床屋談義

 
 「お前が書く内容は、いつも床屋談義だろう」というツッコミは、無しでお願いします。本人も分かっているので・・・。

 官邸が法務大臣の問題発言に関して世論や野党の動向を「注意深く見守った」結果、「辞任やむなし」ということなったのだろう。だが、総理の任命責任や、漏洩問題に関する国交大臣の責任問題など、責任問題はまだまだ終わった訳ではない、らしい。
 だが、問責決議案が可決された後、野党が審議拒否等どう対応するか困っていたはず(笑)ので、野党も辞任してほっとしただろう。それでも、閣僚や内閣の辞任要求を続けなければならないのが野党のお仕事なのです(苦笑)。

 こんな事よりも、日銀法改正をはじめとする円高デフレ対策をやってくれ・・・。そうじゃないと、ますます日本がおかしくなって、政治不信が深まるよ・・・。

 
 
 
 
 
 

メイドの誕生日イベント

 
 メイド喫茶のイベントでお馴染みのものは、バレンタインデー・ハロウィン・クリスマスなどの季節物とメイドの誕生日イベントである。なんとなく、誕生日イベントに参加してしまった。

 メイド喫茶にとって誕生日イベントは大切な物である。なにせメイドに関連した限定メニュー(通常より高いことが多い)が出せるし、チェキなどの売り上げも増える。プレゼントOKな店は、メイドにもプレゼントはあるので、メイドにとっても悪い話ではない。ただし、それが有効に使われるかどうかは受け取ったメイド次第だが・・・。

 来店しても、限定メニューや有料チェキを注文する必要はないので、やることは別に構わないと考えている。ただし、メイドがこちらの顔を知っていると、義理で頼まない訳にはいかない場合も多いが・・・。

 話を戻すが、誕生日イベント関連で「これはちょっと・・・」と思った事があった。1つは、誕生日イベントの主役がまだ出勤してないのに、メイド関連の限定メニューがあるということである。そりゃないよ。
 もう1つの点は、そのメイドのお給仕時間が短いことである。まあ、いろいろ諸事情はあるのだが、お給仕の時間が短いと、メイドがバタバタしてしまう。こちらも私を知ってくれている誕生日のメイドを無視するわけにもいかず、バタバタしてしまうのを予測しながらオーダーを出すというへんな状況になるのだ(苦笑)。
 結局、チェキを撮影したお絵かきが間に合わなくなって、後日お絵かきしてチェキを受け取ることにした。私も夜遅くリアル帰宅になってしまったので、仕方がない。だが、たまに宿題にするとチェキ紛失しまうことがあるんだよね。それを考えるとちょっと複雑だったりします。

 しかし、従業員の誕生日イベントを店公認でやる喫茶店ってメイド・コスプレ喫茶独自のイベントですね。他じゃ考えられません。

 
 
 
 
 
 

いろいろ新機能があるようだが、檄重だった「Adobe Reader X」

 
 Adobe Readerの新バージョン「Adobe Reader X」が先日公開されたので、早速インストールしてみた。公式サイトを見ると様々な新機能があるようだが、私のPCではとてつもなく重く実用にならなかった・・・。ということで、10から9.4.1に逆戻りしました。

 Adobe Readerは、Adobe純正品という完全な再現性と互換ビュアーに負けないスピードを追求して欲しいのだが、Adobeさんは多機能化に目が向いてしまったようだ。実用性の高いビュアーには、いろいろな機能は私にはいらない。かといって、Adobe Readerはネットやら仕事で使うのには必要だからな。互換ビュワーだと、書体が崩れると心配してしまうチキンな私でした(笑)。

 
 
 
 
 
 

まだアホな主張が堂々とまかり通るんだな・・・。

 
 今朝のTLに流れていたが、たしかにこの記事はひどい。引用すると、
 相変わらず「格差論」が大はやりだが、日本は良い国である。若者の半分が大学に行ける国が世界に幾つあるだろう。大学で若者がどのように時間を過ごすかは自由である。その過ごした時間の結果を自ら引き受ければそれでよいのだ。格差を論じる人たちは、「かわいそうな若者」を例示し、問題の所在を、社会や会社の側に求めるが、「恵まれない若者」がいることがそんなに悪いことだろうか。
 若者の大学に行けるというのが、いい国という執筆者の定義だが、大学に行きたくなくてもなんとか生活できる仕事につける可能性が低くなるから仕方なく進学している」と考えている若者も多いだろう。そして学費や時間をかけて、就職できなけばそれこそ無駄に近くなってしまうのだ。就職状況が優しいか厳しいかは、その時の景気動向。学生達に責任はなく、自己責任を求める執筆者の主張は明らかに間違っている。
 そして「恵まれない学生」の存在は、就職しても技能を磨く機会が与えられないなど、後々の社会にいい影響を与えないのだ。それはすべて私を含めた執筆者など上の世代の責任である。私は責任は取れぬが、責任があることを知らんぷりすることはできない。この遠雷と称する執筆者は、私から見れば、訳が分からず、責任を自分たちでなく若者世代に押しつける最低の人物だ。

 最後に、このふざけた文章はこう締めくくっている。
 いつの時代でも格差はある。残念なことだが、それが変革へのバネの一つになってきたのも事実だ。失われたのは若者のハングリー精神である。若者自身に怒りが乏しいことこそが危機である。
 その怒りの方向は、間違いなく我々上の世代に向けられるが、それでいいのか?(苦笑)。こんな人の老後の世話するために年金払いたくないよ。厚生年金が、自分の掛け金の運用だけで貰っていると思ったら、大間違いです。現役世代からの負担でも成り立っているのです。だからこそ、将来のある若者を大切しなければらないが、この人は全然分かってないだろうね。多分。 

 
 
 
 
 
 

私はトンデモ本を購入して批判しています

 
 昨日、トンデモ本に関して書いたので、その続きです。

 Twitterで、トンデモ本を書く「やつらに利益を与えてもしょうがないですから、買うのではなく古本か図書館にしましょうよ。」というご意見を頂いた。だが、私はトンデモ本でも購入すべきと考えている。

 第1の理由は、「購入したからこそ、正々堂々と批判できる」からだ。図書館などで読めば、お財布には優しい。だが「本を購入しない人間に批判する資格はない」という反論の余地を与えてしまう。私一人が購入して著者に入る印税などたかが知れている、はずだ。ただ、購入不可能なものは、ちゃんとした理由があるので図書館で読んだり、古本や入手しています。

 もう1つの理由は、トンデモ本を読むのを挫折しやすいからだ。トンデモ本は、内容がよほどぶっ飛んでいない限りつまらない(笑)。著者の意図が明確でない本もあり、読むのが苦痛な本は珍しくない。となると、本の購入代を回収しようと「とりあえず一回は読まない」とする意思が高まるのだ。機会雇用や埋没費用を考慮すれば、くだらない本は読まない方が損しないだけどね。

 でも私はトンデモ本を購入することはやめないだろう。大学教授など社会的な地位がある人を正々堂々と批判できる経済トンデモ本の魅力は格別である。だが、その内容もかなりパターン化できるようになったので、そろそろ飽きてきていますが・・・。 

 
 
 
 
 
 

トンデモ経済本に関する雑文

 
 今回も昨日のTLに流れた話を長く書いてみます。

 経済に興味を持つ人間にとって無視できないのが、経済トンデモ本である。そして経済トンデモ本は売れる本が多いのである(苦笑)。

 その理由の1つは、「内容が分かりやすいものが多い」からである。著者が経済に関して詳しくことが多いので、経済理論を用いるなど分かりにくく書くことが難しいのである(笑)。だが、著者の論理力不足のため、「著者独自の用語を使用しているのに定義や用語の説明がない」(すなわち読者は何を言っているか分からない)、そして他の部分との論理矛盾が生じてしまうのである。だから、私のように論理性をある程度追って読んでいくと、訳が分からなくなり、非常に読みにくい場合が多い。逆に文章の上手いエコノミストの文章は難解なことが書いてあっても、読みやすいのだ。そして読み返してみると、文章の奥深さに感動してしまうこともしばしばである。

 もう1つの理由は、経済学を全然知らない人が感じる既存の経済学に対する不満を代弁してくれるからである。一般の方々は「経済学なんか難解で役に立たない」と思っているが、それをトンデモ本の著者が代弁してくれる、しかも「分かりやすい新たな答えを用意してくれる」ように見えるからである(笑)。
 そもそも経済学をまともに理解してないのに「既存の経済学が間違っていると断言できるの」はなぜなのだろうか?どう考えてもおかしいのである。そして「それらの疑問がなぜ今まで指摘されずに放置されたのか」を考えてないのである。その理由は、「経済学をよく理解してない人が陥るよくある誤解である」ことが非常に多い。

 そしてトンデモ本経済本の著者は、「新しい経済学の構築」を試みるが、私のような経済学マニア?のレベルでも現実離れした上、論理的にも間違った内容なのだ。トンデモ経済本の著者は、過去のトンデモ経済本を勉強してないので、過去同じような主張がされていることを知らない。経済学マニア?レベルでも、同じ内容を批判した過去の文章を引用すれば済む話が多かったりする。著者は、自分が過去にない素晴らしいことを発見したと思っているが、実はオリジナルの主張では全然ないのである。

 今年のトンデモ経済本大賞は、売り上げの面からすると、藻谷氏の『デフレの正体』であろう。今まで書いた全ての点に該当し、本も売れて、話題になったからである(笑)。

 
 
 
 
 
 

国家資格取得支援業も大変なようで・・・。

 
 昨日、うちの会社と数年縁のなかった「国家資格の試験対策講習会」をやっている業者から、セールスの電話とがFAXがあった。送られたFAXを見ると講習の締め切りが近かったので、受講者確保に苦心しているようだ。業務の経験上、無理なので私は受講しませんが。

 確かにこういった業種が苦戦するのはよく分かる。会社は、この不景気で従業員の訓練教育費を出すのは厳しくなっている。従業員も人員削減で忙しく、資格の勉強する時間がない。それにうちの業界は、活字と専門用語の多い本を開くと眠くなる人が多い業界で・・・(笑)。

 就職のための資格取得も、企業が新卒者の資格を評価しないことが知れ渡ると、これからさらに低迷するでしょうね。

 資格って厄介な存在だ。取得すれば、実務に直接役立つものとは限らないし、資格を取得しても仕事に使わない知識はすぐに忘れてしまう。だが、就業制限のある仕事だと資格不要とはいかない。いくら実際に仕事が出来ても、公的には無資格者は素人同然にしか評価されない事が多い。下手したらニセ医者のように逮捕されちゃう。

 情報の不完全性が克服されない限りは、資格とそれに関わるビジネスはなくならないだろう。私はこれからも資格と付き合っていきます。

 
 
 
 
 
 

Kaspersky2011を試用してみました。

 
 以前から興味のあった、セキュリティソフトKaspersky(カスペルスキー)2011を試用してみました。

 使ってみた感想は、今まで使っていたセキュリティソフトよりも、セキュリティは高いと感じました。ただ、これは長所でもあり、短所でもあるという結論です。
 使ってみて一番驚いたのが、ウイルス対策プログラムの更新が頻繁に行われていることです。アップデートを手動で選択すると、まず更新されます。この点は、非常に評価すべき点です。だが、欠点は、プログラムのダウンロードが非常に重く、ダウンロードが遅いことです。ネット関連で言えば、他社のセキュリティソフトにある検索結果の安全性を色別に表示してくれるプログラムが入ってないことですね。気になさる方もいるので、そういったプログラムも導入した方が、個人的にはいいと思っています。

 それに知名度のないソフトを立ち上げるには窮屈ですね。地デジ用のソフトを使うと、いちいち警告が出る(起動の承認はしてくれるのですが)のもイライラします。これもセキュリティを上げるのには仕方がないことなのでしょう。

 アップデートサーバーの重さが非常に気になったので、試用を諦め、結局ノートンの試用版に戻しました。これで、試用期間が終わったら、プロバイダーが提供するノートンの月額版に乗り換えることを決めました。ウイルスバスタ2011のように、失敗作が出る可能性もあり、複数年契約だとリスクが高いことを思い知らされました。今回の経験生かしてウイルスバスター2012は、かなり改善すると期待していると思いますが、ネットを初めて以来長年ウイルスバスターを使ってきた人間からすると、それを願わずにはいられません。

 
 
 
 
 
 

藻谷氏の反論にならぬ反論(3)

 
 昨日の続きです。

 もう1つは、「比較対象が適切でない」ということである。藻谷氏は、「生産年齢人口減少ということ以外はほぼ共通点のない日本とロシア、東欧などを比較すること自体、科学的な比較対照の基本を外れたものだ。」(P77)というが、逆でしょう。それ(笑)。「生産年齢人口減少ということ以外はほぼ共通点のない日本とロシア」の物価が関連性があれば、労働人口減少デフレ説の強力な証明になるのだ。当たり前だが、そのような証明はまったくみられない。
 さらに藻谷氏は「生産年齢人口減の影響を一般論を論じたければ、生産年齢人口が減っている国同士でなく、増えている・減っている以外の基本的経済状況が同じ国同士を比較せねばならない」(P77)とあるが、そんな国あるのかよ(笑)。社会科学で実験みたいな純粋の条件で比較などできないよ。
 ただ、これは藻谷氏の主張に対し、「それは日本で人口減とデフレが重なったことによる偶然でしょ?」と言う疑問にまともに答えられないことも意味しているのだが・・・。分かっているのかな?
 残念ながら、「生産人口減によるデフレ」という藻谷氏の主張を裏付けるデーターは皆無ですし、本人がその証明を拒否してしまったようです(爆)。

 そして藻谷氏の文章は、今回もトンデモの定番で終わります。
悉皆調査に基づく正確な減少認識が多くの経済関係者に共有されること、それこそが最も必要な現状打破の道筋なのだ。明治維新後のように、戦後復興期のように、あるいは公害対策に邁進した時期のように、現状認識さえ共有できれば、対処策は現場から具体的に無数に湧き上がると、筆者は確信している。(P78)
 藻谷氏は先程の引用部分と言っていることと、「トンデモ経済論を人々に流布する」というやっていることが全然違うのだが・・・・。

(一応、これで終わりです)

 
 
 
 
 
 

藻谷氏の反論にならぬ反論(2)

 
 昨日の続きです。

 藻谷氏は、「拙論を、「人口減少がデフレの原因であるとのトンデモ説」「日本と同じ生産人口が減っているロシアや東欧ではデフレは起きてないと」とする批判がもある。」(P77)として反論をしている。

 1つは、「いま起きているのは、マクロ経済学上のデフレでななく、ミクロ経済学上の現象、(中略)だから、これらはまったく的外れだ。」というものだ。だが、デフレとは2年連続で物価が下落することであり、藻谷氏以外からマクロ経済学上のデフレとかミクロ経済学上のデフレという言葉を聞いたことがない。従って、マクロの経済学上のデフレとかミクロ経済学上のデフレという著者独自の概念だと思われる。オリジナルの概念に関して、ろくに定義を説明せずに、「分かっていない」と批判するのは、フェアではない。藻谷氏のいう(ミクロ経済学上の)デフレは、私が使っている一般的なデフレと全く違う言葉なんだろう。話が通じなくて当然なのだ。
 また藻谷氏は「生産年齢人口=消費者の頭数の減少に伴う値崩れだ」(P77)とも指摘している。だが、相対価格の変化を一国全体の物価に求めるのは間違っている。例えば、パソコンや家電製品は、登場以来、性能で比較すると値崩れしっぱなし(笑)だ。パソコンや家電製品が値下げし続けているのに関わらず、インフレになっている国はいくらでもある。すなわち、特定商品の値崩れと一国全体の物価は関係ない。
 特定産業の商品の値崩れの話をするのは結構だが、その延長上でデフレとか一国全体の物価の話を説明すると矛盾が出てしまうのだ。藻谷氏の名誉の為にも、ミクロの値崩れとマクロのデフレを区別して話をしてくれることを望んでいる。 

 長文になったので、また後日公開します。

 
 
 
 
 
 

藻谷氏の反論にならぬ反論(1)

 
 昨日「Voice」12月号が始まりました。公式HPに公開されている目次で、藻谷氏の「人口が減れば需要が減るのは当然」を知り、面白そうなので、早速購入しました。もちろん、真面目な文章も読む目的ですが・・・。

 予想通り、自説批判の反論があるが、予想通り笑えるものでした。例えば、「人口が減っても需要が減らないであれば、過疎地の商売人は何の苦労もないことになってしまう。なぜこういう、当たり前の事実認識が広まらないのか。」(P76)。「人口減で、需要が減らない」など、リフレ派で主張している人は知りません。むしろ、「需要以上に供給が減るから、金融政策の影響を無視すれば、物不足が懸念されて、インフレ要因になる」と主張しています。そもそも、リフレ派が需要の要因を無視するなどあり得ません。構造改革主義者じゃないんだから(爆)。相手が主張してないことを批判するという、私が「的外れ批判」と言っているものです。

 Twitterで「Voice」購入前に、「私の「人口減少 供給>需要減によるインフレ要因」という主張は、崩せないだろう」と予想してましたが、その通りでした。

 まだ書きたい内容がありますが、ちょっと疲れたました。続きは後日ということで・・・。

 
 
 
 
 
 

じっくりセキュリティソフトを決めるつもりです。

 
 ウイルスバスターの更新期限が来年1月になっている。だが、ウイルスバスター2011クラウドはひどすぎる。それなりの性能があるPCだと逆に重い。クラウドのようにサーバーからデーターを入手するよりも、PC内に置いた方が速いに決まっている。

 そこでノートン インターネットセキュリティの30日無料体験版をインストールしてみました。やはり快適ですね。昔は「ノートン=高性能だが重い」というイメージがありましたが、改善とPCの高性能化でそんなこともないですね。ウイルスバスターよりも、細かい点が配慮されていると感じました。

 唯一の問題は、ウイルスバスター2011と比較すると、やはり高いことです。カスペルスキーも興味があるので、そちらも使ってみることにします。セキュリティが高すぎて、環境によってはいろいろ不具合がおきるという噂なので、実際に使ってみないと、どうだか分かりませんね。

 使い始めたら、毎日使うソフトですから、じっくり選択するつもりです。

 
 
 
 
 
 

「アイドル学園 すた☆ぷろ」に来店

 
 先週土曜日に「アイドル学園 すた☆ぷろ」が開店したので、とりあえず行って来た。私は、アイドル系のお店には興味がないし、アイドルのコンサートにも行ったことがない(実は恥ずかしい)。だが、アイドル志望の方(公式Twitterによると店ではアイドルと呼ぶようだ)が撮影なら理解できるが、リフレ?というのが気になった。

 以前にもTwitterにも書いたが、 私のようなオジサンは、アイドルと言えば、手の届かない存在だった。今も本物アイドルはCD購入して、他のCD購入者と同じく並んで、やっと数秒の握手をしてもらえる存在だと聞いている。お金払って、リフレの行為としてアイドルに触ってくれるっというのは違うのではないか?、と考えているからだ。

 日曜日までは、開店記念として入場料(ワンドリンク付)1,000円が無料でした。カウンターに座りとりあえずコーラを頼んだ。すると缶のまま出てきて、コップも出されない。喫茶店じゃないからしょうがないか。一応アルコールもあります。こちらも缶をそのまま出されると思いますが。

 私は撮影(特に若い女性)は苦手だから、とりあえずリフレを選択。「これからリフレを始めるから、早く飲んでくれって・・・」、今回は無料で金にならないからかもしれんが、少しは落ち着かせてよ。指名してってアイドルさん自身が、他の方の名前を完全に憶えてないようだし(まあ、沢山いたからね)、名札もないのし、無茶な・・・。結局、ジャンケンして決めて貰いました。私は他のメイド・コスプレのリフレでも指名しないのですが、客の見える前でジャンケンして決めたのは初めて見ました・・・。普通は、裏で勝手に決めてくれるだけどね。そうすると最高三回連続で同じメイドさんに担当になったことがありますが。

 カウンターの奥には、撮影用のライトがある撮影スペース(もちろん有料で店の備え付けのカメラで撮影し、印刷は別料金)とリフレ用のスペースがある。最近多い上カーテンで仕切られておらず、50㎝程度の仕切りがあるが、上から丸見えというタイプです。そこで、肩こりと足を選択。撮影中心の店と言うことで、リフレははっきり言っておまけですね。体はともかく、女子校生のアイドルさんに精神的に癒されてきました(笑)。

 時間が過ぎると、カウンターに戻って、お会計して、レシートもポイントカードも渡されず、店を出ました。ポイントカードが出来てないのは、開店直後には珍しくないのですが、レシートもない店は珍しい。

 こういった店って経営成り立つのかな?私には分かりません。とりえあず、貴重な経験ができたことは間違いないようです。次行く時は、下手でも撮影してみようかなと思っています。それはいつになるか分かりませんが・・・。

 
 
 
 
 
 

地元だけど、納得できないロッテの日本一

 
 日本シリーズは引き分けを含めての熱戦だったが、リーグ戦ではギリギリ3位のロッテが日本一になるのは、地元千葉県民でも納得しがたい。う~ん。今回の3位日本一で、またルールが変わるかも知れないが、それも仕方がないね。

 なんかTwitterでつぶやく程度の中身しかありませんが、ネタ不足と時間がないので、勘弁して下さい。

 
 
 
 
 
 

原作・脚本家の名前を見て納得

 
 東海レビの昼ドラ「花嫁のれん」が先週から始まった。旅館ものは、TBSがやっていた愛の劇場「温泉に行こうシリーズ」のように、結構あるネタが、視聴していくと何か以前見たような部分が多い。それに、「日常会話がなんかつまらんな・・・。」

 と思ったら、鈍い私にもやっと気がつきました。「原作・脚本 小松江里子」か、なるほど。そりゃ、朝ドラ「どんど晴れ」を我慢して半年視聴していたからね。小松女史は、変化球投げるの苦手だから、どこか見たことのあるシーンが多いのは納得だわ(笑)。特にナレーションは、「どんど晴れ」のまんまだもんな。これで分からなかったら、「お前ボケてる」って言われちゃう。

 もう面白くないのは確定だが、お願いだから、ネタに困ったからって自分の能力を超える話は書かないでくれ。例えば、会社法が分からないのに旅館の乗っ取り騒動とか(爆)。どんど晴れだって、「経営に口出さない人がオーナーになっても、最後に加賀美家が株式買い戻さないから、根本的な問題解決になってないよ」という結論だからな。でも、私が視聴した一番頭に来た昼ドラ「熱血ニセ家族」には勝てないだろう。って、まだ公式HP残っていたのか。こりゃ驚いた・・・。

 
 
 
 
 
 

ドラッカーがこのように考えていたのか、多少分かったような気がする・・・。

 
 今回も経営学やドラッカーの著作もろくに読んだことない人が書く印象です。

 今週の「週刊ダイヤモンド」の特集「みんなのドラッカー」に関連して、いくつかつぶやいた。そこで、ようやくドラッカーの主張が少し分かったような気がしてきた。

 彼の考え方は、経営コンサルタント出身だと思うと理解できる。まず彼は成果を重視するが、これは経営コンサルタントとしては当然だ。成果が出せなければ、コンサル料を払っている顧客からすると詐欺師同然になる。そして成果が上がれば、矛盾は気にする必要もなく、上機嫌な顧客から突っ込まれることもない。だが、本になり冷静に読むと、その論理の脆弱さや論理矛盾が出てしまうのだ。論理の脆弱さは、『現在の経営』において「マネジメント自体の定義」が何一つ定義されていないことなどだ。論理矛盾は、「私益と公益は一致させるべきた」という『現在の経営』の最後の部分である。

 そしてコンサルタントは自分では動けないので、経営者や従業員を動かす必要がある。それには、「いかに人を動かすのに魅力的な言葉を使うか」が重視されるのも当然だろう。それには、批判する人に容易に屈せず、自分の言葉を自分自身を信じられなければならない。それが暴走すると、『ポスト資本主義社会』なような著作が出来てしまうのだ。やはり、自分の言っていることは正しいかどうか検証するのが必要なのだ。不幸にもドラッカーにはそれがなかったようだ。

 結局、「彼は過去のしがらみから、最後まで学者になりきれなかった経営コンサルタント」という評価は避けられないだろう。論理の整合性や論理の一貫性が重視されないことを考えれば、彼は決して学者ではない。

 私からすると、信者は無限の才能を持つと思われていると考えると、「もう少し自分の頭で考えてよ」と余計なお世話ながら思ってしまうのだ。

 
 
 
 
 
 

誠実なコメントに感心する

 
 このブログは、秋葉原のメイド・コスプレ日記を書いている。店の選択は、「私が興味を持ったから」という独断と偏見によるものです。まあ、結構厳しいことも書くので「選ばれない方が良い」と考えている関係者もいるでしょう(笑)。べた褒めすると「関係者?」と疑われることもあったりするから難しい。Twitterでご帰宅記録を紹介すると、RTされているようなので、一部の方には評価を頂いているらしい。

 だが、関係者を称する方からのコメントはなかった。関係者が見ていなかったというのが最大の理由だろうが、意図的に無視する選択もある程度あったと考えている。なので、火中の栗を拾うような店員さんからのコメントが来るなど想像もしてなかったのだ。まして厳しい評価をした店からは・・・。

 今回「萌メイドリフレ‘あに♪ぷる’」さんのメイドさんから来たコメントを読んで、「こんなメイドさんがいるお店なら、期待が持てる」というのが、率直な感想だった。向上心を持って改善していかなければ、秋葉原のメイド・コスプレ関連の競争には生き残っていけない。これは「慣れて惰性に流されてしまってはならない」と自分自身にも当てはまることだ。

 「あに♪ぷる」さんには店の運営が慣れてきた頃(思いつきなので、時期は不明)にまたご帰宅してみようと思っている。「良い店になった」と評価できることを期待して・・・。

 
 
 
 
 
 

休日に遠出するのは、えらく疲れる

 
 11月3日は文化の日ということで、両親と母親の実家に日帰りで行って来ました。母の実家は福島だから、千葉からだと結構遠いだよね・・・。東北は紅葉シーズンということで、早朝3時に出掛けましたが、全然渋滞してなかったですね。途中のSAで朝食を食べましたが、夜も明けない早朝から売店や軽食が営業したり、インターの工事で塗装工事の仕事をされている方には頭が下がります。昔はそのSAも早朝は営業してなくて、カップうどんを食べた記憶があります。客の立場からはますます便利になりましたが、働く立場からは大変な場合が多くなりました。店員さんでけでなく、それを支える店舗のメンテナンスをする人もいますからね。

 無事母の実家に到着。といっても、眠くて少し寝ました(笑)。といっても、親戚の子供達が騒いでたいして寝られなかったのですが。子供と動物に「空気読め」というのは、無駄な努力であり・・・。親戚の子供を見て「母親が子供の頃にそっくりだな」と思ってしまうのが、オジサンの証拠です(笑)。

 長居する時間もないし、親戚に気を使わせてしまうので、さほど滞在せずに帰宅することにしました。せっかく北に来たので、山の方に行き、紅葉を楽しみました。さすがに寒いですが、満足できました。

 帰りに高速に乗りましたが、予想通り大渋滞。渋滞はストレスが溜まるので、高速を降り、一般道を使って帰宅しました。慣れない夜の道を帰るのは、体力・精神的に本当に疲れます。まあ、ナビに使ったので、道に迷う心配がないから助かりましたが。

 今回の日帰りは本当に疲れた。実は、ブログのコメントが来ていたのも確認したのですが、TwitterのTLだけ読んで後日読みたいものだけを、公式RTして寝ました。

 今日もそうだが、数日Twitterで積極的な発言ができていない。「面白いことを書いてみたい」とは、いつもおもっているのですが、良いネタもないし、なかなか思いつかないだよね・・・。
 という本題と関係ない愚痴で、今日も終わります。

 
 
 
 
 
 

ソフトウェアのアクティベーション

 
 今日は文化の日なので、あまり文化とは言えない話を書きます。いつもながら天の邪鬼ですな(実は他にネタが思い付かなかっただけです)。

 最近は、Windowsだけでなく、MS-Officeに代表されるアプリケーションソフトにもアクティベーションが増えてきた。こうしないとソフトが売れないというメーカー側の事情は理解できるのだが、悩ましい限りである。

 なぜなら、OSのアップデートするときに問題になるのだ。Windows XP SP2以下はサポートが打ち切られ、SP3も2013年にはサポートが切れる。となれば、サポート終了以降の脆弱性が修正されなくなり怖くてネットに接続できない。
 こうなると最新のOSに乗り換える必要があるが、Windows XPからWindows7にアップグレードするには、設定が引き継げない。さらに前のバーションのWindows Vistaアップグレード版の姿を見ることはほとんどない。
 となると、ハードとしては完全に同じPCでも、使っているOSが違うので、アプリケーションソフトのアクティベーションが認証されない可能性が出てくるのだ。これではたまらない。

 今日仕事で使うソフトが届いたのだが、どうやらアクティベーションが有るらしい。そのPCには困ったことにWindows XP SP3がインストールされている。そのために日曜日にWindows7を購入したが、OSのクリーンインストールはえらく面倒くさい。Windows Update・ドライバー・必要なアプリケーションソフトなどのインストールを考えると半日以上はかかるのは覚悟しなければいけないのだ。本当に時間が勿体ない。

 こんなこと言っていられるのも、PCに詳しくない人から言わせれば贅沢かも知れない。やりたくても、OSのクリーンインストールやアップグレードなどのやり方自体知らないのだから。誰か時間をくれ・・・。「休日メイド喫茶に行く時間を削れば、どうにでもなる」というツッコミはなしでお願い致します(苦笑)。

 
 
 
 
 
 

政党は今後どうなるのだろう・・・。

 
 今回も政治学を正式に学んだことのない人が書く印象論です。

 先日まで、日本共産党の経済政策を批判したが、既存政党の今後を考えるてみると、その存続は難しいそうだ。

 ますは、「資本主義対社会主義」の思想対立が、ほとんどなくなってしまったことだ。これは共産党や社民党だけでなく、反共という立場を取っていた自民党にとっても独自性が出せなくて苦しい。

 次に「支持者たちの利益誘導」が堂々とできなくなったことだ。高齢化による社会保障費の増大や財政が苦しくなったこともあり、公共事業を増やせる状況になくなった。利益誘導少なくなれば、支持者を確保するのは困難になる。その一方、利益誘導を受けられない層にとっては歓迎すべき状況ではある。

 既存の政党基盤が弱体化したので、政治がイメージで行われるようになってしまった。良いイメージを持たれれば、郵政選挙や前回の参議院選挙のように大勝できる。さらに小選挙区制度が政権交代を容易にしている。だが、イメージが安定しないと短期政権が続いてしまうのは、安倍政権以降の現実を見れば分かることだ。

 既存の政党は、顔が見えにくく、しかも安定した支持をしてくれない無党派という存在が一番厄介だろう。だが、その無党派なくして選挙の勝利はない。既存政党は、小選挙区制という党独自の政策が出しにくい状況の中で、試行錯誤を繰り返すのに違いない。

 
 
 
 
 
 

いろんな意味で考えさせられる判決

 
 秋葉原の耳かき店殺人事件で無期懲役の地裁判決がなされた。これはいろんな意味で考えさせる判決だ。
(注)法律(特に刑法)は全然知らないので、素人の印象としてお読み下さい。

 1つは秋葉原という場所と、耳かき店という業種があらぬ批判を受けていることだ。今回秋葉原はたまたま被害者が勤めていた店舗のあった場所にすぎない。同店には、秋葉原以外にも店舗があるのだ。そして耳かき店という業種にあらぬ誤解を受けている。被害者の勤めていた店には行ったことはないが、他の店では「女性が膝の上で耳かきをしてもらう」それ以上の何もない。厚労省は「耳かきは医療行為でない」と公表しているし、耳かき自体風営法に引っかかる行為でもない。何時間も店内に滞在させる店の運営方針を疑うことはあっても、今回の被告の行動は、異常な行動と評する以外ないのだ。ほとんどの客は、癒しや萌えを求めて健全に楽しんでいる。
 もし、店が違法行為を行っているならば、殺人事件の捜査の過程で見つかり摘発されて潰れているはずだ。

 被告の風俗通いが裁判で明らかにされ、被告が「何の関係があるのか」とキレたというのが報道があったが、この点に限っては被告に同意する。

 需要があればビジネスになるし雇用も増える、違法でなければ批判する理由はない。「新しい産業をおこせ」と主張する人が、こういったビジネスを否定するとしたら、それこそ本末転倒といえよう。こういった事件で初の死刑の求刑がされたことは、何の責任もない業界関係者にとって不幸という他ない。まあ、他の耳かき店で、性行為を行って摘発された例もあるからな・・・。

 一番の問題は、「今後の裁判を含め一般人の裁判員が「死刑判決」を出せるか」にある。誰だって死刑など言いたくない。まして裁判員は、死刑を宣告する可能性があることを承知で就任した裁判官とは全く違う。
 死刑を回避するインセンティブの多い裁判員制度が、多くの人が納得できる判決を出せる適切な法制度なのか、今後も議論になるだろう(素人なので、制度の是非の判断はあえてしません)。

 私も運?が悪ければ、裁判員として被告を死刑にするか考慮しなければならないかも知れないので決して他人事ではない。

 国民の一人として、萌えが好きな一個人としても、いろいろ考えさせられる事件であった。って裁判まだ終わってないって・・・。

 
 
 
 
 
 
プロフィール
 

百おやじ

Author:百おやじ
 男性 仕事はあまりできないが多少の資格はある。
 経済・自作PC関連・メイド喫茶等に興味を持ち、趣味で日本大学通信教育部経済学部を卒業したかなりの変わり者。

 
 
 
 
 
 
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