通教に入学までの歩み (6)通信制大学に入学した理由

 
 他にいいネタが思い浮かばなかったので、このカテゴリ-を書くことにしました。

 前回書いたように、私が経済学に対するある程度の自信がついた一方、それを証明する方法がないか考えるようになりました。はるか昔に書いたように自己証明というやつは、客観的に評価する基準がないため社会的に信用されないのです。
 私が考えた評価基準が2つありました。
 1つは、経済学検定を受ける方法です。経済学検定自体知名度がありませんし、数式も苦手です。そして資格試験全体に言えることですが、学問の体系的な修得よりも「過去問を中心とした点数を上げるための勉強」に集中してしまう危険性がありましたので、やめました。
 もう1つが、大学の経済学部を卒業し「学士(経済)」を取得する方法です。生活の都合上、通信制大学に入学する以外選択の余地がないのが実状でした。
(1)卒業したら「学士(経済)」の学位が授与される。
(2)卒論が書いてみたいが、必修だと卒業が難しくなると嫌なので、卒論が選択制の大学。
(3)スクーリングが短期間で完成出来る大学。
   インターネット等でスクーリングの代替ができる大学がさらに望ましい。
(4)通学が短期間といえ千葉方面から通学に便利な大学。

 以上の点を条件として考慮したら、該当するのが日大通信しかありませんでした。これが、日大通信を選んだ理由です。失礼ながら、「日大の教授陣がいい」とか「日大OB(というのはおこがましい)になりたい」とかは全くありませんでした(笑)。それでも片手間の学生生活をしているうち、通学生の何百分の1かもしれませんが、愛校心らしきものが出てくるようです。

 こうして2004年4月に日本大学通信教育部経済学部経済学科に3年編入しました。
 
 入学後の話は、日大通信学生記録および日大通教時代のカテゴリーに書いてありますので、「通教入学までの歩み」のカテゴリーを終わりにしたいと思います。


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通教に入学までの歩み (5)近代経済学を再評価した経済学者 その2

 
 最近月曜にメイド関連ネタばかり書いているので、肩すかしとして違うネタを書きます。未完の「通教入学までの歩み」の続きを書きます。

 私が最も影響を受けた日本人経済学者は野口旭専修大学教授でした。野口教授の本を読むきっかけは、小野教授が高い評価をしてたからでした。最初は野口教授の専門である国際経済学の啓蒙書『経済対立は誰が起こすのか』ちくま新書、1998でした。国際経済学を知らない人間が陥る「よくある誤解」を解く良い本だと今でも評価します(今では事実上の改訂版といえる『グローバル経済を学ぶ』ちくま新書、2007の方がいいが)。
 私に最も印象に残った著作が、野口旭・田中秀臣『構造改革の誤解』東洋経済新報社、2001です。「構造改革なしに景気回復なし」という小泉政権の経済思想を明快に論破した本は他に知りませんし、基本的な論点は全く古くなっていません。この本で野口教授の熱心な読者になったことで、野口教授がリフレを主張するようになると当然支持するようになりました。もちろんリフレ派の主張自体が他の経済政策論より論理的で信用できることが一番の理由です。
 こうして私は2002~2003年頃にはリフレ派に転換することになった。私が経済学に対するある程度の自信がついた一方、それを証明する方法がないか考えるようになった(続く)。


 
 
 
 
 
 

通教に入学までの歩み (4)近代経済学を再評価した経済学者 その1

 
 昨日「中国発デフレ(笑)」など古い話を書きましたので、久しぶりに日大通信入学を決意するまでの話を書いてみます。
 その1で書いたように近代経済学に不満だった私ですが、経済学毛嫌いを克服するきっかけを与えてくれた経済学者の一人が小野善康教授です。
 小野善康『景気と経済政策』岩波新書、1998を読みましたが、当時の私にとっては実に勉強になりました。この本で強調されてることは、国と個人や企業と異なる原理で動いていることだ。私が一番好きな言葉は「企業は社員を解雇できるが、国は国民を解雇できない」(小野善康『誤解だらけの構造改革』日本経済新聞社、2001、P65)という言葉である。このように国と企業が異なる論理で動いているのだから、経済学を学ばない限り国の原理は理解できないと考えるようになったのである。

 小野教授が『誤解だらけの構造改革』でインフレ・ターゲットに反対し、私の考えがリフレ派に転向したことで小野教授の評価は低下した。小野教授はバブルで失った1,000兆円にも匹敵する規模で金融緩和しなければならないが、現実にそんな巨額の金融緩和はできない」(『前掲書』P169)と主張している。一方リフレ派は、過去のデフレ脱却の経験からデフレ期待を解消する(その手段がインフレ・ターゲットや国債の大量買い取りによる非伝統的金融政策)ば良いと主張する。私が知る限り小野教授の著作で歴史に関して言及している部分はない。リフレ派の主張が説得力を持つのは、経済史を熟知しているからであり、歴史から積極的に学ぼうとしない小野教授の認識の差が生まれてきたと、私は思っている。
 また小野教授は不況回復のために新産業創造を主張しているが、日本の産業政策の歴史を知れば、政府による新産業創造がいかに無駄な行為かが分かるはずである。

 この文章を書いていて「歴史から大事なことを学ばなければならない」と思いました。


 
 
 
 
 
 

通教に入学までの歩み (3)近代経済学を見直すきっかけ

 
 一昨日、電車の中でポール・クルーグマン『経済政策を売り歩く人々』日本経済新聞社、1995を久しぶりに読んで感動した(その一方で本書に出てくるフリードマン、ガルブレイズ、ドラッカーが故人になったので時代の流れを感じますが)ので昔の思い出を書いてみます。

 通学の大学時に抽象的な近代経済学に不満を持っていた私であったが、日本的経営の学習を通じて「人はインセンティブに反応する」という分析手法に感動したことにより、近代経済学を再評価するきっかけになった。その再評価させられてくれた一人がポール・クルーグマンであった。
 彼が一般向けの経済エッセー(有名なのが『良い経済学悪い経済学』日経ビジネス人文庫)を書き始めたのは、彼の業績に似ているがトンデモ経済論のレスター・C・サローなどの「戦略的貿易論」がクリントン政権初期に採用したからだ。「アメリカの不況の原因であるアメリカの貿易赤字を減らすために日本に市場開放を要求する」という戦略的貿易論によって日米通商摩擦が問題化してしまった(結局、『経済政策を売り歩く人々』の予想どおり戦略的貿易政策は失敗した。トンデモ理論なんで当然だが)が、結果としてクルーグマンのエッセイの翻訳を読めるようになったので私にとっては幸運でした。
 彼のエッセイで「貿易黒字は、企業の利益とは全く異なっており、「国は企業とは違う」(これこそが国を大企業と同一と考える戦略的貿易論の大きな欠点)」など有益なことを学んだ。

 私の再評価に影響を与えた人物は他にいたが、またネタがない時にでも書きます。


 
 
 
 
 
 

通教に遊学までの歩み (2)経営学に対する不満が高まる

 
 今日書くネタが思いつかないので、前回の続きです。

 私は通学の大学で経営学を中心に学びました。以前にも書きましたが、「「イエの論理」とか「ムラの論理」などによって成立したという「日本的経営」に対して、明治時代の労使関係の資料や離職率のデーター(ちなみに離職率が低下したのは第1次世界大戦後)を見ればそんなものある訳ないじゃん」というように大きな不満を持っていました。

 この不満のを解消したのが、大学の講義で使用していた松本厚治『企業主義の興隆(旧版)』日本生産性本部、1985でした。最初は「古い本だな」と笑ってましたが、読んだとたん引き込まれました。この本は、「大企業の従業員が一生懸命働くのは、企業が倒産したり辞めると社会的な地位や生涯賃金などで非常に損をする」という「人々はインセンティブに反応する」と経済学同様の合理的な理由で説明されていたからだ。こうして、日本的経営システムの方に興味を持ち、しばらくはこの関係の本をいろいろ読んでいました。今思えば、「人々はインセンティブに反応する」という考え方が、不満だった経済学に興味を持つきっかけになったことは間違いない。 
((3)へ続く)


 
 
 
 
 
 

通教に入学する歩み (1)不満だった近代経済学

 
 今日は特にネタがないので、自分の過去のことを書いてみたい。もし、私がこのブログの読者なら「社会人にもなってわざわざ経済学部などという役に立たないもの学をびに大学生になったのだろう」と思うだろう。その謎を解く鍵は「通学の大学時代から私がどう経済に関して思ってきた」かが重要になるので、ネタがないときに書いていきたいと思っている。

 通学時代の学部は経営学を中心に学んでいた。その理由は自分が会社に入るに経営学の知識を学ぶのは大切だと思っていたからだ。従って経済学(特に近代経済学)にはほとんど興味を持っていなかった。初めての経済入門書として大学1年の時、福岡正夫『ゼミナール経済学入門』(初版)を読んだがこれがいけなかった。当時福岡先生が勤められていた慶應の学生には問題はなかっただろうが、数式だらけの本では数式が苦手で頭の悪い私には容易に理解できるものではなかったのである。こうして経済学=何回で抽象的な学問というイメージが植え付けられてしまった。もし伊藤元重『入門経済学』などのもっと初心者向けの経済学入門書を最初に読んでいれば、経済学に対するアレルギーはもう少し軽くなっていただろう。残念ながら、当時はそのような知識はなかったし、調べるにしろインターネットという存在も人々に知られていない時代なのである。
((2)へ続く)


 
 
 
 
 
 
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百おやじ

Author:百おやじ
 男性 仕事はあまりできないが多少の資格はある。
 経済・自作PC関連・メイド喫茶等に興味を持ち、趣味で日本大学通信教育部経済学部を卒業したかなりの変わり者。

 
 
 
 
 
 
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